「わたしのリハは意味あるのかなー」という自己評価が”低め”のセラピストへ

臨床で、せっかくのファインプレーを

ファインプレーだと自分で気がつかない

新人STとか、

自己評価が”低め”のSTに向けます。

「わたしのリハは意味あるのかなー」

って話です。



回復期勤務の当時、

私のリハが中止後に

不穏傾向になった患者の考察です。



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ST中止 ⇒ 不穏
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右脳損傷後の高次脳について

介入しておりました。



私はその患者さんに会うことを

毎日楽しみにしていたし、

おそらく患者さんも

楽しみしていたと思います。



ところが、私の耳鼻科勤務へのローテーションや

マンパワー不足の関係で、

やむなくSTは中止となりました。。。



その後、一週間、担当OTさんから、

「あの上機嫌だった○○さんが

最近病棟で不穏になっていて。。

荒木さんのリハが終了となって以降、

調子が良くない・・・。」とのことでした。



私がそんなに大きな影響力を

持っていたなんて当時は思っていなかったし、

「そんなことはないよ」

って言ったんですが、



今振り返ってみると、

前後で内服に変更はなく、

医学的になんら変化はなかったので、



やはりOTさんが言うように

私のリハ介入はその患者さんにとって

何らかの好影響を

もたらしていたのだと思います。

自分でその実感は無かったです。



で、おそらく皆さんにも

そういうことがあると思います。



自分のファインプレーを

ファインプレーだと認識していないことが。



なぜそうなりやすいか?

ということですが、

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認識しにくいファインプレー
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患者さんやご家族から、

「手足の障害は目に見えるけど、

言葉とか高次脳の症状は

パッと見て分からないので

理解され辛いんです・・・」

とよく訴えられますよね。



同じように、

目に見えない症状だからこその、

「セラピスト側」の

難しさもあると思います。



歩けた!食べれた!のような、

成果や手応えを感じにくいのです。



それが、当時の私を振り返り、

「僕のリハは意味あるのかなー」って、

疑う要因につながると思います。



自分のリハが患者さんにとって

どのような位置づけにあるのか?



自己評価が”低”過ぎず、”高”過ぎず

客観的に把握できるといいですよね。



それは、標準的検査などの所見では

現れない面もあるかもしれません。



しかし、言語聴覚士の

机上検査・訓練・フリートークの仕方で患者さんを

不穏にさせたり、、Happyにさせたり、、

その影響力の大きさは、

経験を経るにつれて

強く感じるようになりました。



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解決策
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とはいっても、目に見えないことを

客観的に把握するって、

一朝一夕では身につかないです。



言語聴覚士にとって

「国試受かる」=「ゴール」ではないと

つくづく思います。



卒後も自分を磨き続けることが重要ですね。







あ、



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